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Saturday, January 25, 2014

まんさいまつり、開催中~のぼうの城~

結局、買ってしまいました『のぼうの城』

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通常版を買ってから、初回限定盤の方に萬斎の田楽踊り完全版があったと知り、かなりがっちょ~んsign01bearing

事なかれ主義で百姓が大好き、戦国武将的には全くもって“でくのぼう”なのぼう様
そんな成田長親が、ナニがナンでも戦果を挙げて三献茶の男から脱皮したい石田三成の挑発にウマウマと乗せられ、小田原城へ参陣するも豊臣方に内通する忍城主成田氏長の思惑を尻目に20000対500の籠城戦を敢行sign01

果たして忍城の運命や如何にsign02

この日本史上有名な忍城攻めを題材にとった愉快sign02痛快sign02そんなことあるかいsweat01戦国時代劇を彩るのが、氏長の娘で怪力無双sign01あ、いやsweat01、家中に武勇で名を馳せる甲斐姫(18)の恋心。

しかも、その矛先は、父氏長の従弟にして、おとーさんと3つしか年の違わないのぼう様こと成田長親(45)へと向けられているからさあ大変coldsweats01

この甲斐姫の変心、『のぼうの城』の中に在って、成田氏の軍団が何故かとっくの昔に兵農分離していることよりも、朋輩同士は官途受領名で呼び合うのに、上位者に対しては実名で呼びかけていることよりも、水攻めシーンが10メートルを超える大津波襲来にしか見えないことよりも、尚、珍妙であると思われるのだが、その辺りを萬斎が、良識あるオトナの解釈でうやむやにしているところが好感catface

こういう“お話”の常として、『成田記』だの『真書太閤記』だの『関八州古戦録』だの…と突き合わせてどうこうというのはどーでもいいことで、成田長親の御子孫が、その余りの脚色ぶりに困惑していらっしゃったらしいが、そこいらもまぁ、“お話”ですから~、というコトで済ませられると思うのだが、しかし、である。

特典のオーディオ・コメンタリーを聞いて、監督が「鉢植えの武士」のイメージでこの映画を作っていることが発覚。
なるほど、だから兵農分離も完了しているのね。

分捕りとか、なで斬りとか、今の倫理観に照らすとありえへん戦国の作法は無かったことにして、極めてイデオローグな仁政観を基調に、一般大衆ウケする笑っちゃうほど牧歌的な治者イメージがこの作品の骨子にあるのも、ゆとり世代のお花畑な歴史イメージを映したもの、とでも言えるのかもしれない。
いや、脚本家も監督二人もゆとり世代ではないのだが…coldsweats01

とにかく、200年くらい時代イメージがズレているのだ。

まぁ、これは、考えようによっては、若い俳優が正しいアクセントでセリフを言えず、その為ナニ言ってんだか意味が分からないことになっている、というのとおんなじレベルの問題よね。

しかし、だからと言って、この作品が面白くないワケではない。

このありえへんsign03連発特撮時代劇のストーリー展開に、何がしかリアリティを添えるものがあるとしたら、それは野村萬斎のカリスマである。
それと、佐藤浩市の乗馬シーン。

どちらも、見れば分かる(笑)

萬斎演じる長親だから、あのヒゲもマゲも衣装もOKgood

20000の敵兵を前にして、一瞬にしてそこを祝祭空間に換えることも、萬斎になら出来るのだ。

だって、それこそが本業なんだし(笑)

そして、そのカリスマゆえに、長親のマキャベリスティックな人心掌握策がリアリティを持ち始める。

それを、どこまでが天然でどこまでが計算か、分からないくらいのボケ加減を絶妙に狙った萬斎が演じるワケだが、悲しいかな萬斎は、それを天然で演じているワケではない。
ボ~っとしてどんくさそうな男を演じていても、そこかしこで立ち居振る舞いがビシッときれいに決まってしまう。
どんなにボンクラを装っても、セリフ回しにキレモノぶりが滲んでしまう。

なので、のぼう様は本当はスーパーサイヤ人で、そのあんぽんたんぶりはやっぱり世を忍ぶ仮の姿なのね…とか、要らん想像が働いてしまうくらいに、そのキャラクターに深みが出てしまうのだ。

恐るべし、野村萬斎。

惜しむらくは、その萬斎と張り合える役者が脇にいないこと。
なので、萬斎が浮きに浮いてしまった感が無きにしも非ず。
コールドの中に目が釘付けにされるダンサーが1人紛れ込んでしまったかのように、気が付けばその人だけを見ている状態になってしまうのだ。

もちろん、火付けシーンの成宮くんの、ドロドロとした思念を凝縮させた愉快の表情に、天性の放火魔かと思わせられたり、平さんのどうしようもないヤなやつ加減にほくそえんだり、山田くんの美○にうっとりしたり、保奈美ちゃんの天晴な存在感にうなったり、グッサンのひん剥いた目に思わず笑っちゃったりと、コマゴマお楽しみはあるのだが、如何せん三成役の上地くんが、萬斎長親にミもココロもカンペキ捧げちゃってるみたいに見えちゃうのは、気のせい?

何より、近頃の若いモンは、姿勢は悪いは、立っても座っても歩いても四肢が緩みまくっとるは、セリフは聞き取りにくいは、日本語は正しくないは、周りがもっとチェックしてあげたらいいのに…。
様式化された美の隣では、今風の自然体は大概にしてみっともなく見えてしまうからご用心、なのだ。

奈々ちゃんについては、アレだ。
田舎城の姫という設定なもんで、こういう垢抜けてないというか土くさいというか、いかにも田舎姫ってカンジの演出なのね、とワタシ的には納得していたのだが…。
どうやらそういう意図はなかったらしい…coldsweats01

とにかく、萬斎のカリスマを長親のカリスマにすり替えて成立しているこの映画。
萬斎がokのヒトは、四の五の言わずに楽しんだら良いのではないでしょうか。
萬斎がngだと、ちょっとキツい気がするこの映画。

当代の奇才野村萬斎で映画を撮るということは、得てしてこうなっちゃうということPartⅢという気がしないことも、ない(笑)

もちろんPartⅠ・PartⅡは、言わずもがなの陰陽師…coldsweats01

しかし、アレだ。

萬斎は神にもなれるし道化も上手いけど、神を宿した道化という域にはまだなのかな…という気がしないでもなかったこの成田長親役。
有体に言えば、相変わらず品に欠ける滑稽さ、なのだ。
長親に道化ていても侵し難い気高さがあれば、この作品のストーリー展開も、もっと説得的になったのではないかしら…。

もっともこれは、今の萬斎の個性と言うべきものかもしれない、とも思うところではあるのだが。

そういうのんは、人間国宝になる頃に身についてればいいものかも、ね。

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