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Friday, September 07, 2007

西国三十三観音霊場めぐり①~1日目~

朝6時30分集合というアンビリバボーな第一関門から始まった西国三十三観音霊場めぐり。
3年かけて西国三十三観音霊場をぐるっと巡ろうという某寺主催のバスツアー企画第一回目、今年は1番から8番までお参りする。
この某寺のお参り企画、四国八十八ヶ所霊場めぐりはもう30年ほども続いているのだが、西国は3回目だか。
あまり信心のないワタシは、今回カメラレディ(←重要!)というコトで同行したのだが、この某寺参拝団にはいろいろな伝説があって、内心戦々恐々…。

朝のお勤めやらなにやらをを済ませ、バスに乗り込んで7時前に出発!
この時点で、第①の伝説、“朝6時半からピール”というのは、ガセだったことが判明。
バスに乗ると、添乗員さんやらガイドさんやらのご挨拶があり、朝の車中のお勤めというのがあって、「開経の偈」「般若心経」「光明真言」「南無大師遍照金剛」をお唱えする。
それぞれにお四国○回、西国△回とかいうお参り歴を有する皆さん、だ~れもお経本を見ている人はいらっしゃらない。
皆さん、信仰心が厚いひとばかりで、皆一心にお唱えして、いざ!二度寝Time!と思いきや…ここで麦般若Timeに突入。。。
時計は8時45分、第①の伝説は、ちょっと誇張が入ってはいたが、まるっきりガセではなかったことが判明。
とはいえ、お参りに行こうと思われる皆さんだけあって、車中で気分が悪くなったりお参りが出来なくなるほど飲んだりはなさらない。
にしても、ビールのことを麦般若というとは知らなかった。
お参りに出て、早速一つ、智慧を授かった。

バスは伊予灘SA・上板SAで休憩をはさんで徳島港から11:00発の南海フェリー“つるぎ”に乗船し、和歌山港へ向かう。
途中上板SAを出てから、ガイドさん。
「上板SAは鳴門金時の焼き芋が美味しいんですよ。でも上り線にしかないんです。」
…そういうことは、バスを降りる前に教えてください。。。

フェリーに乗ったら、それは何時もの瀬戸内海クルーズ用の豪華客船よりもずっと大きかった。
バスを降りて客室に上って行くのが最初の難所。
客室ではお弁当を食べ、そして、寝る(笑)
乗船時間は2時間だが、爆睡状態であっという間に和歌山港着。
そこから30分程和歌山市内を走って2番 紀三井寺へ。

この紀三井寺は231段の石段を上って行った山の中腹にあり、ご本尊は十一面観世音菩薩。
本堂の前に勢ぞろいして、皆さんでお勤め。
ここでは車中のお勤めに観音さまの御真言というのが加わるのだが、観音さまにはいろいろな姿があって、それぞれに御真言というのが違うのだ。
しかも、ワケのわからないカタカナをつなげたモノで、ムツカしすぎ…。

このお寺の本堂の脇には、恐ろしいお顔の“びんずる”さんがいらっしゃる。
“びんずる”さんというのは、自分の悪いところと“びんずる”さんの同じ部位とを交互に撫でると、身代りになってくれるという、有難いお方なのだそうだが、ここの“びんずる”さんは、かって中学生だかが本堂に放火した際、本堂の替わりに燃えなすって本堂を救ったという、ありがたい霊験を示したお方だそうで、今は修復されているのだが、その形相は、なお火中にあるかの如く…。
きっと、いろんなヒトの苦しみを一身に引き受けてくださっているのね…。

このお寺には、他にも紀伊国屋文左衛門が年老いたお母さんを背負って登ったとか、その途中に鼻緒が切れたところを、通りがかったお嬢さんが挿げ替えてくれて、そのお嬢さんと結婚することになったとか、そのお嬢さんがジツはお金持ちのお嬢さんで、その実家が文ちゃんのみかん船に投資してくれたとか、イロイロエピソード満載。
中でも開山の為光上人は、竜宮へ説法に行って、帰りに七種のお土産をもらってきたということで、そのうちの一つ、応同樹という木が石段の脇に残っている。
この木の葉っぱは、身につけたりそれを浮かべた水を飲んだりするといいらしいが、その人の病に応じてそれに効く薬効を発揮するらしい。
この葉っぱが薬になるという話は、帰ってから紀三井寺のHPを見て知った。
2~3枚千切って来なかったことを後悔したことはいうまでもない…。

紀三井寺公式HP http://www.kimiidera.com/

次に3番 粉河寺へ。
この粉河寺は、階段はないのだが、山門をくぐってから本堂まで、800メートル程歩く。
その途中に出現池というのがあって、祠の中には童姿の行者さま、池を囲んだ塀の前には馬蹄石という馬の足跡、どうやらここのご本尊千手千眼観世音菩薩さまは、童姿の行者に化けて、この池の中から白馬に乗って現れるという、イキな演出をなさったらしい。
開創の時にもこのお姿で出現なさったが、その後、河内の国の長者の娘が病気になって、両親が願をかけた時にもそのお姿で登場、病気平癒の祈禱をして病が治ると、長者夫妻が差し出す宝物を断って、娘の箸箱と袴だけ持って帰って行ったのだそうだ。
その時に、「紀伊国那賀郡粉河の者だ」と言い置いてお帰りになったので、長者夫妻はお礼に粉河寺を訪ねたのだが、お寺にはそんな者はいないという。
どうしたものかと思っていたら、川の流れに米の研ぎ汁のような白い流れを発見し、これがきっと粉河なのね、と、それを辿って行くと、辿り着いた先のお堂の中に、娘の箸箱を持った千手観音さまがいらしたそうな…。

この白馬に乗った童形の観音さまのお話しは、「粉河寺縁起絵巻」(国宝)に詳しく描かれているらしい。

出現池から中門に辿り着くまでに随分長くなってしまったが、天保3年建立の中門には四天王が祀られている。
中でも、多聞天の静かで知的な表情に思わずうとり…。
このお寺はたいそうな古刹なのだが、豊臣秀吉の焼き打ちによって全山焼失したので、今のものはすべて江戸時代の建築物なのだそうだ。
しかし、本堂の前には桃山時代の庭園というのが残っていて、これがまた、スケールの大きな庭園で見事。本堂も立派。
しかし、そんなことはもうOut of 眼中で、粉河寺のイメージは、白馬に乗った観音さまと、クールな多聞天で、すっかり乙女色に染め上げられてしまったのだった(笑)

粉河寺公式HP http://www.kokawadera.org/

粉河寺を後に、一行は一路高野山へ。
四国にいると、なにはさておきお大師さまなので、ここまできて高野山に上らずに帰ることなどもってのほかなのだ。
…ということだかどうだかはわからないが(笑)、今日のお泊まりは高野山の宿坊普賢院。
宿坊とはいえ、着いたら部屋まで荷物は運んでもらえるし、お茶も淹れてもらえる。
食事は精進料理だが、いただいている間にお布団だって敷いてくれるのだ。
おまけに、タオル・歯ブラシ・浴衣付でお風呂も広々、トイレだって共用だがシャワー付と、どっかの国民宿舎や某温泉旅館草庵よりも、ずっとサーヴィスが良い。
夕食の時も、コボンさんがずっと付きっきりでお給仕してくれるのだ。

この普賢院の向かいに、数珠屋四郎兵衛というお土産物屋さんがある。
もちろん、お数珠や仏具も置いているのだが、胡麻豆腐やいろんな高野山名物のお菓子類もいっぱいである。
ここで第②の伝説 “お土産物屋さんでは一万円札が飛び交う”の現場を目撃…。
スゴい…、スゴすぎる…。
まだ初日だというのに、今から両手に持てないほどの大荷物になってどうするの…?
そんなワタシのココロをヨソに、お買いものフィーバーは小一時間続いていたのだった…。

この日撮った写真は、約160枚。
そのメモリーディスクが、帰ってみたら消えていた…。
最終日の朝には確実にカメラケースの底にあったのに…。
画像がなんにもありませんが・・・心中お察しくだされ…(涙)

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Comments

朝6時半からピール, 麦般若
この日撮った写真は、約160枚。
そのメモリーディスクが、帰ってみたら消えていた…。crying どういたしましょう sad素通りできませぬwobblyこれだと三年前をずっと追いかけるのでしょうかcoldsweats02はやくおいつかねば
やま〇県にいらっしゃった時は何となく落ち着かなくてやっと愛〇県にいらっしゃったとhappy02
シルヴィーちゃんのとこも速足で駆け抜けましたのにweep 幸ちゃまの万感極まる複雑な表情も
みないふりをしてかけぬけましたのにweep
麦般若 いい言葉を覚えさせていただきました。happy01早速つかわさせていただきましょうhappy02

Posted by: gen-san | Friday, June 04, 2010 at 22:20

この時のことは、思い出してもナミダが…weep
ええ、思い出させていただきましたcrying

Posted by: SAKURAKO | Saturday, June 05, 2010 at 22:55

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